ヘヴィメタル忘年会2008(横浜ブリッツにて)

(満場の拍手の中、伊藤政則氏登場)

どうもみなさんこんにちわ~。

えぇ~今日はユニバーサルミュージックプレゼンツのガンズ・アンド・ローゼズvsメタリカのイベント、
ヘヴィメタル忘年会なんていうタイトルがついておりますけれども。

まぁ~あの~昔はビデオコンサート略してビデコンっつーのはしょっちゅうありました。
私も全国を行ったことあるんですけど最近はもうめっきりありません!

理由は、、やっぱり、、いろんなメディアがこう出てね、ビデオとか紹介する機会もあったりとか、
バンドがいっぱい日本に来てコンサートやると、いうことであんまりまぁこのビデオコンサートの映像を持って
全国やるっていうのはね、少なくなったなと思いますよ。

まぁ実際問題もね、テレビでPVとか見るのってほとんどないけどね。
もうほとんどないです。CS・BS・それから地上波じゃほとんど、、



化石のように残っているのは俺の番組しかないくらい。(場内・笑)


えぇ~もうホントです。ないんですよ。
で、昔はね、それこそフィルムでしたから、今はビデオですけどね。昔はフィルムだったんですよ。
えぇ一番ドラマチックだったのは、当時まだ「ミュージック・ライフ」っていう雑誌が元気だった頃にですね、
中野サンプラザでイベントをやったことがありまして、ちゃんとしたウドー音楽事務所の小屋を押さえてね。
それで、ちょうどNWOBHMが登場した頃でメタルがのぼってきた頃でね。

当時はねぇ、異様でしたよ。
マイケル・シェンカー・グループのフィルムのときに





紙テープとか飛んでましたから。(場内・笑)


そこに本人がいないのに「マイケル!」とか言って。(場内・笑)

今から考えると1981年くらいからのすんごい昔のように経つ。
それだけやっぱりバンドの全体数が少なくて、
外国のアーティストに対する思い入れがファンとしても非常に強くて、
それはまぁ60年代もきっとそうだったと思うんだけどね。

今はけっこう慣れっこになってるでしょ、みんなね。
逆に言うとそれだけオーラがあって近寄りがたいというかね。
そういうアーティストが少なくなっているんじゃない?

例えばミュージシャンが原宿とか渋谷で会ってね、サインもらいたいなと思うんだけど、
なんかバリアーのようなオーラを出て近寄れないっていうアーティストが昔多かったんですよ。
最近は「YO!」って言って友だちみたいにサインもらっちゃってる人も多いじゃないですか。

えぇ今日はなんでこういうイベントをまぁユニバーサルさんが企画したのかって言うと、
もともとはねぇ、いつぐらいから企画していたのか知らないですけども、
今日これから見ていただきますけれど前半メタリカ、後半ガンズということらしいんですが、
11月上旬にオハイオ州コロンバスにメタリカの取材をしに行ったんですよ。
そのときにはもうすでに想定してたんじゃないですか。

メタリカにですね、こういうイベントをやるのでライブ映像を撮らせて欲しいという風な話を
折衝していたみたいで、普通、撮らせないですね。1カメですから。カメラ1台。
ロサンゼルスのジムさんというね、よくボクが使うカメラマンですけど。
まぁうまい人ですよ。それこそボン・ジョヴィだとか大物のライブ映像を撮ったり、
クルーのひとりとして撮っている人でね。


カメラ1台しかないですから。
でもね、メタリカは「じゃあいいよ」と。
「オープニングと2曲目、3分くらいずつだったらいいよ」って言うんでね!
撮らせてもらうということになったんだけど、メタリカはラウンド・ステージっていう
360度ステージなのでどこにカメラ位置を置けばいいのかね。


正面がないんだよ。(場内・笑)


普通、こういうステージだとね、ここにカメラいればいいとかそこにいればいいでしょ。
これ客が全体にいるので正面がないんですよ。大変だったですよ。
でもよくメタリカがOKしてくれたなと。
ジェイムズとラーズが相談したらしいですよ。「いんじゃねぇか」と。


で、まぁこのイベントを企画したのも、まぁ今年ね、
9月メタリカ『デス・マグネティック』、すばらしいアルバムでした。





そして誰も出ると


思っていなかったガンズ




が突然出ることになって(場内・笑)まぁあわてるわけですよ、みんなね。
つまり段取りが何もできないから。


で、ガンズ・アンド・ローゼズが使っていい写真が一枚しかないんですね。
今回、ガンズ・アンド・ローゼズからOKが出ているのはね。
どこの雑誌見てもライブのときの買った写真以外は一点しか写真ないんですよ。







これがどっつーことない写真なんですけど(場内・笑)




でもアクセル・ローズがこれがいいと思ったんだからでしょうね。
で、一応、あわてふためいているわけです、世界中がね。
ガンズのレコード出るっていうのは。噂ではあったけどね。


で、今回やることになったのはこんだけすごいアルバムを出して
本当は12月のどこかで「メタリカ来年10月来日!」とかね、
「ガンズ・アンド・ローゼズ、サマソニもう1回来る!」とかわかんないけど
そんな感じのなんか、、、サマソニもう1回来る、、、サマソニ、、うん。で、まぁそれはいいや。


そういう話が全然なくてですね、えぇ。
メタリカの場合もいつ来るかまったくわからない。来年あるのかっていうくらい。








で、ガンズにいたっては何もわからない。(場内・笑)



こういう状況の中でただ一年が過ぎていくのはマズいんじゃないかと。
だから「フック」が欲しいと「フック」がね。
で、こういうイベントやったんですよ。大阪はこれでやりまして、大阪と東京だけなんですけどね。
えぇでもね、こういう会場を借りてね。




ギャラの高い俺を使うわけですから予算もずいぶん、

これ使ってますよ

(場内・笑)




単なるビデコンじゃないからね。
で、今回フィルムがないんです、映像がね。
それで、えぇユニバーサルさんがボクのこの神奈川のテレビ局ですけどもTVKというテレビ局がありまして、
古くからあの、ロックの番組やってるわけじゃないですか。
今はなくなりましたソニー・ミュージック・TVだとか。
えぇ私もあの横浜某デパートの地下一階のみらいとうぶみらいなんとか
スタジオというとこで長い間番組やってたんですよ。
今どうなってるか知りませんけれども。

で、そのときの映像を貸してもらいたいということで。
俺は知らなかったんですよ。

したらある日、「RockCity」の収録に行ったらもうディレクターのヤツがゲッソリやせてて、
ちゃんとしたヤツが髭も剃ってなくて。


「調子悪いの?」って言ったら
「いや、もうホント疲れました」って言うから
「そうかぁまぁなぁみんな忙しいけど」
「いやいや伊藤さんのイベントのネタ探しで」っつーから「え!?何それ!」って
「いやユニバーサルのほうからTVKの倉庫を全部あらってガンズとメタリカの映像という映像を
あらってきてくれっていうんでやさがしずーっとしてた」
って言うんですよ(他人事)


それで「リストを見せてくれ」って「何が出てきたんだよ」と。
「1987年伊藤さんが撮ってきたアクセル・ローズのインタビューが実はもうレコード会社にない
ということだったんですけどマスターコピーが倉庫でホコリかぶったまま出てきた」
っつーんですよ。

えぇ!?ってことになって、なんかだったら「40分近いんじゃないんですか」って言うから
「これ完全版じゃん。」つって「俺も持ってないんだよね」って言って。


で、それはね、何度かTVKの番組で使ったことがあるのは、同録といって番組をそのまま
放送しているときにテープでこう録ってあるものがあるんですよ。
そっから使ってたのね。
だから完全版じゃなくていつもだから気がついてたかどうか知らないけど




いつも同じ寸モノしか使えない。(場内・笑)



だって3分しかないんだから。(場内・笑)4分か、うーん。
で、今日はそれも見ていただきまして、けっこういい映像入ってますよ。




でー最初はメタリカです。
順番的に言うといよいよ明日(2008年12月24日)発売の「All Nightmare Long」
の映像が大阪のイベントの前日に届いて入れたと。

いうことでボクも見たんですけどね、











よくわかんない映像でしたね。(場内・笑)




今回のメタリカのポリシーは、発表するビデオは全部映画監督に作らせると。
ということで、それをたぶんまとめてメタリカムービーって感じで出そうとしているじゃないかと
ボクは想定するんだけれども、、

よくわかんないです。(場内・笑)

「All Nightmare Long」の歌詞みてもよくわからないすからね。
不思議なというか、まぁメタリカらしいというかね。
それが最初に出てきます。


それから二番目に出てくるのはコロンバスの映像です。
これいいです。よくここまでジムってカメラマン頑張ったなって思いますよ。
あのーたぶんユニバーサルさんが編集したんだと思うんだけど、
客が電気ついているときどんな感じかってのも少しだけ入ってるし、
暗転になったときの、この客ね。

あの、コロンバスっていうのは俺も初めて言ったんだけども、全米で一番デカイ大学があるのね。
アメリカンフットボールが強い大学で。
全米で一番デカイ大学。だから学生が多いんだよね。
だからやっぱり野太いです、声がね。声が弱々しくない。

そうとう馬鹿もいましたけどね。やっぱりでもすごい。

それから「Ecstacy Of Gold」から1曲目ニューアルバム、心臓音から始まるわけですけれども、
ちょっと映像では見にくいかもしれませんけどね、レーザー光線3色ぐらい4色ぐらい使ったりとかね。
すごいですよ。

日本公演もホントにこのラウンドステージでやってもらいたい
っていう気にみなさんもなると思いますね。


で、なんかのときにウドー音楽事務所の方にラウンドステージなんだけどもスピーカーの吊りとかね、
いろいろこう難しい問題があるし技術的にね。
「だけどやってできないことないんだから是非やってくださいよ」っつったけど
「どうかなぁ~」なんてね。まぁどうでもいいけど(メタリカ公演の主催が)
ウドーじゃないからどうでもいいやって俺も思ったんだけど。
でもやっぱり難しいらしいですよ。

システムでラウンドステージで完備されているのは




ジャニーズ系らしいんだよね(場内・笑)



あいつらはけっこういいノウハウもってんだけど洋楽系はなっかなか難しいんだって。
でも一応やって欲しいっていう気になると思います。

それからみていただくのはですね、これがね、
最後までマスターテープが出てこなかったんですよ。
だけど、今回ね、、メタリカは(日本の発売元が)ソニーだったじゃないですか昔ね。
ソニーの倉庫洗ってないんですよ。
ひょっとするとソニーの倉庫に残っていたかもしれない。
初来日のときのジェイソン・ニューステッドが入ってまだ数週間で
リハーサルが完璧ではないということで「Master Of Puppets」ツアーの
ときですけど初来のときね。リハーサルを日本でしたいと。
コンサートの前に。それでウドー音楽事務所と当時はCBSソニーですかね?
えぇ場所探したんですけども、そんな場所がないわけですよ。

それで最後はね、ホントボクの記憶は定かではないんですが
目黒だか世田谷の公民館みたいなとこ借りてね、区民会館みたいな。
そこでリハーサルしたんでその映像がないんですよ。

でもどーしてもユニバーサルがその映像使いたいってんで、ウチのディレクターが探してきたのが、
当時わたしが横浜のデパートの地下でやってたときの同録のテープなんです。
わたしの声のってます。わたしは出てきませんけど、そこカットしてもらったんですけど。
'88年くらいにあのードニントンパークのモンスターズロックで
ヘッドライナー、ボン・ジョヴィで、その前にメタリカが出ると。
たしかダイアモンドヘッドのメンバーがスペシャルゲストで来たのかな?

そのときに、ボン・ジョヴィとメタリカの組み合わせってけっこう無謀な企画だよねって言いながら(場内・笑)


当時の映像を流しながらボクがしゃべってんですよ。
ですから'86年の声なんでね、かなりキーは








ロブ・ハルフォード並みに高いです。(場内・爆笑)




もうずいぶん、20年前は早口ですね、今よりね。
聴きにくいかもしれませんけど、俺のことはどうでもいいです。(場内・笑)

映像はね、ジェイス(ジェイソン・ニューステッド)いい感じですよ。
雰囲気がね。新参者って感じでね。


それから見ていただくのは、えぇ~インタビューもあったんですけど
インタビューはボツってるみたいで、ライブ映像だけです。
'91年のブラックメタリカ発表した後のアメリカの「Snakepit」ツアーです。

スネイクピットって覚えてますか?ステージがこうあるじゃないですか。
ここにこう穴が空いてんですね、こうね。穴っていうか、ヘビの穴っつって
ここにお客さん入れるわけですよ。だから360度ステージの原型は
1991年のステージにあるわけですよ。
後ろに客を入れてこの辺に客がいるっていうね。


この時代のメタリカはやっぱりねぇ、長髪です。みんなね、当然ね。
かっこいいですよ、えぇ。

まぁざっとこういう感じでメタリカの歴史を追っていくという
映像になっております。貴重な映像ももちろんありますからね。


はい。それではメタリカの映像をご覧ください!(場内・拍手)



(~メタリカの映像~)

1.「All Nightmare Long」のPV

2.開演前~「Ecstacy Of Gold」
  「That Was Just Your Life」
  「The End of the Line」
 (2008/11/9のオハイオ州コロンバスのライブより)

3.1986年初来日時のライブ前のリハーサル風景
 (場所は目黒か世田谷だかの公民館らしい)

4.「Sad But True」
  「Seek And Destroy」
 (1991年のスネイク・ピットツアーより)

(~メタリカの映像終了~)


(場内・拍手)はい~メタリカをみていただきました。いいっすね。素晴らしい!
素晴らしい素晴らしい。

'91年もう17年ぐらい前ですけどねぇえぇ。うーんとね、この頃はもうね、
これからちょっと湾岸戦争の頃でね。ちょうど東京ドームでメタリカの
カウントダウンコンサートってのがあったんですけど、それが最後だったですね、
ウドー音楽事務所がやったのはね。やっぱり今と同じで景気がちょっと後退気味で
スポンサーがつかなくなってどうしてもやっぱりその何社かのスポンサーが
つかないと東京ドームじゃカウントダウンできないってことでね。
メタリカの東京ドーム、ホント同じ時期のライブになりますけどね。

で、ちょっと冒頭で言うの忘れましたけども今日はですねぇ、
ユニバーサルがかなり奮発しましてですね、お帰りにここにいらっしゃる方にね、
11曲入りのサンプラーCDとこの今ご紹介したメタリカの海外から
取り寄せたオフィシャルTシャツを全員の方に持って帰っていただくと
いうことでございますよ!(場内・拍手)







帰ってすぐeBayに出さないようにね。(場内・爆笑)



お願いしますよ、はい。


さぁ後半もガンズ・アンド・ローゼズです。
もうホントね、ガンズはねぇとにかくインタビューがないですからね。
アクセル・ローズのインタビューがないですから『チャイニーズ・デモクラシー』
売るのホント苦労してんじゃないすかね。


えぇまぁ実はこういうビデコンがあまりないと。ここ何年も5年も10年もね。
だからなかなかこう、ビデコンって何だろう?と思うわけだよね。
ネットで見たり、番組で告知してね。

そうすると、ユニバーサルの方に問い合わせがあって、さっき聞いたらですね、
「なんか伊藤政則さんの司会でメタリカのガンズのライブが横浜であるらしい
んだけれども、ガンズはメンバーはどういうメンバーで来るんですか?」
っていう。(場内・笑)

「えぇ!?」みたいな!

「ひょっとしてオリジナル(メンバー)ですか?」 っていう問い合わせがあったらしいんすよ、えぇ。
あと問い合わせでこういうイベントなかなかないからね、
招待状で2名って書いてあったじゃない。2名ね。問い合わせで、

「ボクは友だちいないんですけど、独りで行っても入れるんでしょうか?」(場内・笑)
こういうイベントはもんでいかないとね。なかなかね。うーん。
マジメなファンが多いからね。



で、これから見ていただくガンズ・アンド・ローゼズ。
さっきも言いましたように、目玉はなんといっても1987年11月、
わたくしがテネシー州チャタヌーナという、もう二度と行かないであろう街の
体育館みたいなところで大学の。そこでモトリー・クルーがガンズ・アンド・ローゼズ
をサポートに迎えてコンサートやってるってんで行ったんですよ。

で、もともとの取材はモトリー・クルーの取材でした。はい。
ガンズ・アンド・ローゼズはまだデビューしたばっかしで、まったく売れていません。
すでに「Welcome To The Jungle」のビデオはMTVで流れていたんですけれども。
映像を見たことがある方はご存知のとおり、
アクセル・ローズは当時はスプレーで髪の毛立ててましたんでね。
一応LAメタルのその後みたいな感じで語られていたので。

まぁあの1987年って時代はね、すごい時代で。
えぇ~っとね最初にロサンゼルス行ったんですよ。
ロサンゼルスを基点にして取材したんです。
5日間くらい取材だったか、1週間くらいだったかちょっと覚えていませんけども。

最初は、えぇーボクだけじゃないですよ。誰が行ったか覚えてませんけども、
あぁ~他の取材はいなかったのか、ボクとカメラマンとレコード会社の方ですね。
最初はアルバカーキっていうところに行きましてホワイトスネイク、
グレイトホワイトの取材をしまして、その足でチャタヌーナに飛んで、
翌日モトリー・クルー、ガンズ。そしてその翌日、北の五大湖のトレドというところ
に飛んで、エアロスミスとドッケンという取材をやって、それでLAに帰ってきて






俺が具合悪くなっちゃったっていうね、(場内・笑)





これ有名なエピソードがあってですね、えぇ。
大きな声であんまり言えないですけど、ホント具合悪くなっちゃって、
もうなんかどこが悪いんだろうって頭じゃないことは確かだなと思ったんだけど。
そんときにピンクフロイドのコンサートがフォーラムであったんだけどねぇ、
寝込んじゃって行けなかったんですよ。
えらい怒られましてですね、ソニーからね、えぇ。

まぁそんなこんなでいい時代だったわけです。
で、いい時代に巡り合った。
じゃあなんでアクセル・ローズのインタビューが実現したのか?
っていうことですね。カメラクルーはついてってましたから。

実は当時テレ朝(テレビ朝日)のMTV、そうだMTVのね、あの~
ディレクターがひとりいました。ボクと一緒にこう廻ってたんです。
その映像をボクの番組と地上波のMTVとシェアしようということだったんです。
で、チャタヌーナ着きました、それでなんとですね、
ガンズ・アンド・ローゼズがステージ出るまえにフォトセッションが
あったんですよ。フォトセッション。ウィリアム・ヘムスさんが撮ったんですけど
いまだに覚えてますよ。とにかくステージ出る直前ですよ。
5分くらいまえ。

で、体育館のどっかに集合写真撮ろうと。で、マネージメントOK出して、
アクセル・ローズもOKですよ。それでね、覚えているのは、






まとまらないんだね、5人がね。(場内・爆笑)






なんかあの体育館ですから、あのー、体育会系のあれかな、天井からロープか
なんかぶら下がっていて、ほら、手だけで登って腕力鍛えるとかまぁ
そういうのがあるわけだよ。跳び箱あったかどうか覚えてないけどね。

ひとり足りないんだ、どう計算してもね。
なんかね、ターザンごっこしてるヤツがいるんだよね。





イジー・ストラドリン、

ぜんぜん帰って来ないんだよ

(場内・笑)





そのうち待ちくたびれたのか、写真撮ってんだけどウィリアムがバァーつって

「セーソク!セーソク!スラッシュ寝てんじゃねぇか?」(場内・爆笑)



それでこうジャックダニエル持って、


髪の毛でわかんないんだ、こうやって。(場内・笑)



すでにステージ出るまえから裸だったんだけどね。(場内・笑)




「あぁ寝てますね、、」ってことになってね。

「いいや!わかんねぇから撮っちゃおう!」って撮って(場内・笑)

ほいで、「セーソク、記念写真撮る?」つって「俺、いいよ」
「でも一応撮っといた方がいいんじゃない?」ってんでね、
この集団の中にアクセル・ローズの隣に行ってね、
撮った写真が何枚か残ってんだけども。


そのときね、パチもんの時計してましてね、
ボク、マリリン・モンロー好きでね。
マリリン・モンローのLAで買ったね、なんかやっすい時計があるんですよ。

そしたらアクセル・ローズとの最初の会話ですね。

(アクセル)「どこで買ったの?」
(セーソク)「これ、ハリウッドで。」
(アクセル)「あぁそう。いいね。」


あぁコイツはいいヤツだな


と最初思ったんですよ。

(場内・爆笑)


いいヤツだなぁと。で、コンサート始まりました。
見てた。客は満員。ウケはそこそこね、そこそこ。

で、そうこうしているうちにモトリー・クルーが始まるんで
楽屋戻ったりなんかしてて。それでそのときに、ボクが当時の
1987年の11月にインタビューしていますから、1988年の「BURRN!」の
1月号の表紙がね、たぶんアクセル・ローズなんですよ。


その写真撮ったのは誰だか知りません。
ニールズ・ロゾアーとかそういう人たちが撮った表紙ね。
アクセル・ローズが横向いているやつだったの、スゲーかっこいい写真で。
Merry Χmas & Happy New Yearとか書いた「BURRN!」の表紙ですよ。

これの刷り出しを当時編集の酒井康に頼まれて
「渡す機会があったらこんなのやってると渡してくれ」と。
「この写真はちゃんとOK出ている写真か?」と。






「殴られたくないんで」ということで。(場内・笑)






OKOKつって。ほいで当時のツアマネの、後にマネージャーになる
ダグ・ホールドステインに「これが「BURRN!」つー雑誌から預かってきたもので
日本でガンズ・アンド・ローゼズが異様に盛り上がっている」
と。


ま、これは「作り」ですけどね。(場内・爆笑)


「ホント盛り上がってるからっていう風に渡してくれ」と言って、
俺はインタビューなんかないですからね。アクセル・ローズとの。
ガンズそのものも別にインタビューするつもりで来たわけじゃないから。
モトリー・クルーのライブはもう始まってるわけです。
わぁーっていって。で、パスもらってますからモトリー・クルーから。
どこで見てもいいわけですよ。で、当時ねステージのこういうステージの
横の階段のところにひそむような感じで。
ニッキー・シックスかぁって見てたんですけど。

当時はホントに危険なバンドで、あの、モトリー・クルーがですね。
パイロとかそういうんじゃなくて、目がもう違うのね。


ジャックダニエルのボトルがいっぱいあるわけですよ。(場内・笑)


それを飲むのか浴びるのかわからないけど、いっぱいこう飲んで、
空いたガラスのこれをね、有名な話でご存知だったかもしれないですけど
こう投げるんですよね。客に投げないですよ、横にね。


俺はここにいるから、俺に向かって投げているのかなと。(場内・笑)


邪魔なのかここは?と。危ないわけだよ。普通投げるっていうと
こうポンっとかねそういうんじゃなくて、


松坂(大輔)級の球ですよね。(場内・笑)


ヒューン!ってすんだよ。で、ガチャンガチャンと割れるわけだよ。
で、あんまりこっち向いて投げるんで空き瓶を。
何かなって思ったら、そこにスラッシュダフ・マッケイガン
酒飲みながらニタかんでフニャっているわけですよ。(場内・笑)

ニッキー・シックスが「Hello」って感じで投げてるわけですよ。



でもこれから何ヵ月後かですよ、このパッケージでニッキー・シックスが

ヘロインで心臓が止まって病院

運んでったのはそいつらですからね。

(場内・大爆笑)



そういう命綱の現場。
で、そうこうしているうちに、一緒にいたワーナーの人かなんかが呼びに来たのね。
引っ張るんですよ、俺のすそを。「ちょっと伊藤さん!ちょっと大変大変」って言うから
何?って言ったら「アクセル・ローズ、インタビューするそうですよ」って言うから
「えぇ~!?」って。「だってモトリー・クルーやってんじゃん。」つって。

「いや撮っといた方がいいじゃないかと思いますが」なんて言われて
「じゃあちょっと行ってみようか」つって行ったら、
マネージャーが「急遽、アクセルがインタビューをしたい」と。
こっちからオファーしてないすからね。「したいということで」つって。

「どこでインタビューすんですか?」って。もうモトリーの音ガンガンしてんだよ。
したらねぇ、ここしかないつったら3畳ぐらいのすっごい狭い部屋で俺、レコード会社、
カメラクルーが入ったら、アクセル・ローズ、ホントになんか、、すっごい狭いとこなのね。
で、ここしかないつって。「やめようか」つったんだよね、俺たしかね。


っつうかモトリー・クルー見たいじゃん。(場内・爆笑)


ほれでこれからどうなるかね。これは大変なことになるんじゃないかってんで
見たいなぁって思ってたんだけど、「じゃあ5分くらい行く?」なんつって。

ガンズの質問まったく考えていませんからね、えぇ。
「ガンズってさ、、うーんと?」なんつったら
「いいんじゃないですか、基本的なことで」つって
「あぁOK。」って言って。最初は余裕こいてたんですよ。

「基本的なことってよ~アクセル・ローズに『楽器何やってますか』なんて言ったら
殴られるかなぁ(笑)」
なんてそんなこと言ってたんだけど(場内・爆笑)

そのうちにアクセルが入ってきてね。もうムード一変するわけですよね。
「ここでやんの?」なんて言って。

今映像で見てみるとね、あの~「今」ですよ。えぇ~このジャケット・コート、
アクセルが着てるのはイル・ディーヴォの追っかけのおばちゃんくらいじゃないか、
アニマルプリントみたいな(場内・笑)

ところがね、この映像、俺は知ってんだよ、俺がやったわけだけどもね。
改めて見てみると、今じゃどうだっていう風な今月号の「BURRN!」のアクセルが



犯罪者みたいな顔だとかみんな言ってるけど(場内・笑)



この頃はね、相当イケメンですよ、アクセル・ローズ。

勝てるのはDAIGOぐらいじゃないですか。(場内・笑)

えぇそんな感じしました、映像改めて見て。
訊いてることはロクなこと訊いてませんので俺の質問はどうでもいいですから、
アクセルの答え。



アクセルがねぇ、、笑うんですよ(場内・爆笑)


つまり、「おぉ(ニヤリ)」って感じで。あんま笑わない、笑うの見たことないでしょ?

それとね、もうひとつ重要なこと、1987年、ファーストまだ「Sweet Child o' Mine」の
ブレイク、ぜんぜんヒットしてないんだよ。「Welcome To The Jungle」のビデオだって
かかったけどぜんぜんヒットしてない。これからヒットすんだよ。



このときにね、大層な野望語ってんの、コイツ。(場内・笑)



まぁいないから言うんだけど(場内・爆笑)
これがねぇ、恐ろしい!その後、的中するんだよ、うん!
細かくインタビュー見てて。「こういう風にしたいんだけど次のアルバムは」って
次のアルバムが出るの'91年だからね。「Use Your Illusion Ⅰ & Ⅱ」でしょ?

そんなことをまだ売れてない前座のころのアクセル・ローズがいろんなこと
語ってて改めてコイツは!っていう感じしましたね。

で、これから見ていただきます。そういうエピソードがありました。
そしてガンズのライブ映像はね、あえてこれにしました。
オリジナル(メンバー)の時代のね。えぇ。この時代のね、バンドは
もちろん日本公演やりましたよ。ボクもNHKホール見に行って
4曲くらいで終わって途中で帰っちゃいました、バンドがですね。



もう死ぬかと思いましたけども(場内・爆笑)


あの~このときのガンズはいいですねぇ。う~ん。
で、何がいいって見たらわかります。ホントにいいですよ。
何か起こりそうな感じしますもん。

それではさっそく以上の頭の中に入れて見てていただければ
なごめると思います。よろしくお願いします!(場内・拍手)


(ガンズの映像)

1.「Sweet Child o' Mine」

2.アクセル・ローズのインタビュー(1987年)

3.「Nightrain」
「Rocket Queen」

(ガンズの映像終わり)


(場内・拍手)というわけで見ていただきました~。すごいな~。
ガンズも2010年一部オリジナルで再結成っていうね噂は、



俺が勝手に作ってんですけど(場内・爆笑)



ないわけじゃないと思うんだけどもね。まぁスラッシュもソロ作っちゃったからね。
スティーブン・タイラーとかいろんなボーカルゲストを迎えてね。
今年(2009年?)の秋口には出ると思うんですけどね。
まぁこの頃スゴイ。今でもスゴくなきゃね。意味ないわけだね。
まぁやっぱり今日のメタリカ、ガンズともにスゴイバンドじゃないすかね。

こういうイベントがしょっちゅう行われて、こういうね、あの~、
さっきも冒頭で言いましたけど昔は平気で地上波でガンガンやってたわけですよね。
ところがもう撤退してしまってね、テレビ局側がね、うーん。
もうホント機会が、これだけの機会もないだろうし。
これだけの音とデカいスクリーンで見れるイベントを

また来年もやりたいなって言う風に話しているんですけどね。(場内・大拍手)

は~い。どうもどうもどうもどうもですね。
ユニバーサルもねみなさんにお土産を用意しているだけじゃなくね、
これから忘年会という感じに銘打ってますからね。
忘年会っていうとだいたいビンゴ大会って必ずやるじゃないですか。

昨日かおととい、クリエイティヴマンの忘年会があってビンゴ大会
ってのを必ずやるんですけど、ボクも今年はレコード会社20~30人ぐらい集まって
ビンゴ大会やるんですよ。

全部俺が金出すんだけどね。(場内・笑)

やるんですよ。うーん、でもホントにね、

飲みすぎてゲロだけは吐かないようにしてくださいね。(場内・笑)

ホントビックリしました、こないだ。
もう帰ろうかなと思ってね、新宿のバーのとこから出ようとしたらね、

吐いたモノだらけでぜんぜん出れないんだよね(場内・笑)

そのままいろ!っていう合図だったみたいでね。
ホント、トイズの宮本さんにはやめて欲しいなって思います。(内輪ネタ?)

さ!これから抽選会があってね。グッズがあるんですよ。
(場内から「おー!」「いぇー!」の声)「いぇー!」たって中身わかんないで
「いぇー」たってしょうがないんだけど(場内・笑)

どういう中身かはね、これからレコード会社がキッチリ説明しますんで。
わたしはもうとっとと帰って飲み会に参加します。

どうもありがとうございました!(場内・拍手、抽選会へ)


メタリカ情報局ヘ戻ル